令和山神祠補修縁起


 今年も年末になってきました。九州大学演習林では福岡、宮崎、北海道演習林のそれぞれに山の神の祠があります。山の神への信仰は林業をはじめ山地に暮らす人々の間で古くから守られてきた民俗ですが、大学演習林においても仕事での安全と健康を祈るため山の神をお祭りするところが多いです(西川ら 2021)。福岡演習林では折に触れてお参りする他、毎年12月に「大山神祭」と呼ぶ神事を行っています。


 福岡演習林の山の神は事務所にほど近い丘の上におわします。祠は凝灰岩製で縦横約40cm、高さ80㎝ほどの大きさで、切株を模したコンクリート製の台座の上に安置されています。平入りのシンプルな屋根ながら千木や鰹木とおぼしき突起が彫られており、石工の丁寧な仕事が伺えます。祠の周りは葺石のように玉石が敷きつめられて凸凹していますが、転石なども多く荒れた雰囲気になっていました。


祠の整備方針を検討
         

 もう一つ目を引くのがコウヤマキの鳥居です。コウヤマキは日本固有の針葉樹で太平洋側の山地に産する希少な樹木ですが、木材は柔らかいのに腐りにくいという不思議な性質があります。数十年前に宮崎演習林で伐採されたコウヤマキを職員らで加工して建立したと伝わっています。この鳥居は正確な建立年が解らなくなっていますが、先輩職員らの証言をまとめると少なくとも40年ほど経っているようです。しかし、さしものコウヤマキも腐朽が進み倒壊が心配されるようになりました。


先代のコウヤマキ鳥居

 このような経緯から、2025年12月の大山神祭までに山の神の祠を整備し鳥居を新作することが決定しました。まずは4月に新しい鳥居を作るため祠の近くでヒノキを伐採しました。丸太は所定の長さに切り、皮を剥いて風通しの良い場所で半年乾燥させました。



鳥居の素材用のヒノキを伐採


 10月末頃から、大山神祭でお世話になっている宮司さんに助言をいただき、山の神の祠の整備や鳥居の加工など具体的な方法を検討し始めました。祠の整備で課題とされていたのは周りの玉石が乱れて神饌を置く台が安定しないということ、また、台に置いた神饌の位置が高くて格好がよろしくないという2点でした。1点目についてはいっそのこと玉石を取り除き、台座を囲む180cm四方をコンクリの平面にすることにしました。また2点目は台座の上に座布団状のコンクリ板を追加して高さを稼ぐことにしました。こういった稀にしか発生しない仕事では皆でアイデアを出し合って臨機応変に作業を進めていく点が楽しいところです。


コンクリを練る練る

台座の周りを平らな面にしました

余った玉石を使って装飾と侵食防止

階段も一から作り直し

 さて、鳥居の方はというと、4月に伐採したヒノキ丸太を半年かけて乾燥し秋から加工を始めることになっていました。梅雨の時期にカビが発生しかけましたが、すぐに対処したおかげできれいな色に仕上がりました。鳥居の製作は木工の得意なOさんが中心となって周到な準備をもって進められました。最初は2/3スケールの鳥居を製作し作業手順を一つ一つ確認してから本番の丸太の加工です。鋸、鉋、のみを使う作業は無心に作業に打ち込める瞬間がとても心地良いものでした。こうして作業はおおむね順調に進み、無事に新しい鳥居は建てられたのでした。


部材の結合テスト

朱色を塗るといよいよ鳥居っぽい

一度ばらした鳥居を祠の横で組立

吊り上げて鳥居の設置


 11月下旬になって祠と鳥居の整備は大詰めを迎え、大山神祭の注連縄作りも行いました。福岡演習林では2024年度から職員で注連縄を綯うことを再開しました。最近ではコンバインによる機械刈りのため注連縄に適した長い稲わらが入手困難になっていますが、請負業者さんのお知り合いから譲ってもらうことができました。今時、注連縄を自分で作ることは貴重な経験で、毎年少しずつ学習が進みます。例えば、今年は葉鞘や葉をきちんと取り除くと綺麗な注連縄になるということを理解しました。一般に稲わらは穂がつく稈を中心に数枚の葉がついており、葉の基部は葉鞘という部位で稈を包むように覆っています。この葉鞘や余分な葉を除去しないと、撚りをかけたときにピロピロと注連縄の表面に葉鞘や葉っぱの欠片が現れて粗野な仕上がりになってしまうのです。そのため、最初にレーキなど櫛状のもので稲わらをしごいて葉鞘や葉っぱを取り除く下ごしらえを行います。今年はこの下ごしらえの重要性に気付きつつも、時間的な制約もあって十分な下ごしらえをできなくて多少ボサボサしていますが、大満足の出来です。


稲わらの下ごしらえ


熱湯かけて叩く

注連縄の端を結びまとめる

無事に完成です


こうして、1ヶ月以上の準備を経て無事に山の神の祠と鳥居の整備が完了し、大山神祭の12月5日(金)を迎えることができました。今年は教職員だけでなく学生さんにもお声がけした結果、例年にも増してにぎやかなお祭りとなりました。今年も様々なことがありましたが、これからも安全に生産的な仕事ができるよう祈念しました。皆さん、たくさんのご参加ありがとうございました。


綺麗な境内に集まった教職員と学生

今年も厳かに神事が執り行われました


      2025/12/08 T.N.

ヤマ仕事、みたび

以前の記事で造林の初期に行う定番のヤマ仕事を紹介しました。また、イレギュラーな場合に行う手入れも同僚が書いてくれました。今回は、いよいよ木を伐る仕事、間伐(かんばつ)について話します。

ha当たり3000本で植えられた造林地
人工造林では、植え付けの際には植栽木の成長競争を促し、また気象や病虫獣害による減少も見越して高い密度で苗木を植えます。
主伐(伐採)期にはha当たり1000本以下に仕立てますが、植栽時は3000本を基本とするのでその過密さがよく分かります。
とはいえ、よほどのアクシデントがなければ、これだけの高密度・本数が目標数まで自然に減ることはありません。
そこで、人為的に立木を伐って、林地の密度を下げるのが間伐です。
間伐では、単に密度・本数を調整するだけでなく、成長不良や形が悪い木を減らすことも目的とします。
林業界では、予定した数量に主眼をおく間伐を「定量的(ていりょうてき)間伐」、木の形質に主眼をおく間伐を「定性的(ていせきてき)間伐」と定義しています。しかし、実際にはその両方を目的にするため、その場合の間伐は「定性・定量間伐」と呼びます。
作業に先立ち、対象とする林で事前に伐る木を「選木」するわけですが、
例えば、間伐率20%の数値目標と間伐後のレイアウトを両立させるように木を選ぶには意外と難しいものです。
若いころはあれこれ悩みつつ選木していましたが、最近は気抜けつつでも数量とレイアウトをバランスよくまとめられます。なにごとも経験といったところでしょう。
さて、伐る木が決まればいよいよ間伐にはいります。
植えてから初めの間伐(初回間伐)は植栽後20~30年で行います。
作業時期としては、夏期をのぞく秋~翌春まで比較的長い期間行えます。
気候的に体への負担の少ない時期の仕事なので、「木を伐る、大変!」というイメージほどタフでない、と個人的には感じます。(ただし、あくまで相対的に・・・、です)

フェリングレバーでの木廻し

スリングで根元をずらす
間伐、それも初回間伐では、林の中が混みあっているのでイメージ通りに木は倒れません。周りの木に寄りかかってしまう「かかり木」という状態になります。
林業での労働災害では、「かかり木」を不適切に処理する際の事故が多く発生しています。
そのため「かかり木」を外すには、フェリンングレバーで木を回したり、スリングで根元をずらしたりと地道に行います。
慎重さに加えて実際にパワーも必要で、この工程は間伐で一番骨が折れます。
間伐前と後の林内の様子です。
この林は林齢26年、間伐前にha当たり2000本だった密度を1500本まで減らしました。
25パーセントの間伐率となります。
鬱蒼と暗かった林内に光が差し、風が吹き抜けます。実に清々しい!

斜面を滑り落ちる間伐木(民有林)
初回間伐では、木のサイズも小さく、形質もよくないので伐った木を林内に放置する「切り捨て間伐」と呼ばれる手法が一般的です。
従来、間伐後の林内は光が差して下層に低木が再生するため、放置した丸太は安定しつつ腐朽をまてばよかったのですが・・・。
近年は降雨の強さに加えて、シカの食害により下層の低木類が再生しないため、
放置した丸太が土砂とともに斜面を滑り、河川の近くではそのまま川に落下する風景をしばしば目にするようになりました。
そこで福岡演習林では、土砂の土留めを兼ねて伐った丸太を立木に掛けて集積しています。作業的にはひと手間かかりますが、林地への負荷を軽減できる「演習林仕様」は見た目にも優れていると自負しています。

林地に適切な施業を行うには、確立された知見を基に、立地や気象を変動因子にして柔軟に手法を組み合わせることが大事です。
そして、それを決定するには現場での経験に加えて知識のアップデートも必要です。
私自身、長く現場に立ち続けてきました。そして、体力の低下と引き換えにですが、技術とセンスが向上して、森林をコーディネートできるようになりました。
体力と知力のトレードオフ、年齢を重ねることの意義を考えさせられる昨今です。
                             (2025.6.16 D.O.)

(雑感:道具考)
写真に写るのは、間伐に使用するチェーンソーです。
この手の仕事では排気量40cc前後の中堅クラスと呼ばれる機種が適しています。
ちなみに林業用のプロフェッショナル機種のメーカーとしては、ハスクバーナー(スウェーデン)、スチール(ドイツ)の両社を筆頭に国産ではやまびこ社(共立・新ダイワ)が有名です。
このうちスタイリッシュなデザインで人間工学にも優れているハスクバーナーの人気が近年はとくに高いようです。
一方、福岡演習林では(私の好みですが)堅牢な設計で整備性に優れるスチールの機種が主力です。※写真手前2台がスチール製、一番奥が新ダイワ(やまびこ)製です。
チェーンソーはヤマ仕事をする人間にとって必須のツールです。
それだけにチェーンソーへのこだわりは人によって千差万別で、同業者とチェーンソー談議にふけるのは楽しいひと時です。

2025年度福岡演習林の施設公開(5/14)

  九州大学では毎年、5月11日が開学記念日にあたり、この前後には式典や講演会のほかに大学の様々な施設が市民に公開されます。福岡演習林では普段は公開していない森林や野外実験の場所に市民の皆さんを案内し、演習林の教育・研究活動を知ってもらう活動を行っています。

今年は5月14日(水)に爽やかな陽気に恵まれて開催することができました。今年は地元の篠栗町や久山町を中心に14名の方にご参加いただきました。












今年も多数のご来林、誠にありがとうございました。

この催し物は例年4月末に募集が始まりますので、ご関心がおありでしたらその頃に福岡演習林のウェブページをご覧いただけると幸いです。


2025.5.16 TN










春と木起こし

  近頃、暑くも寒くもない気温が続き、福岡は一番気持ちの良い季節になってきました。野外でのお仕事も快適この上ないのですが、やっぱり山仕事は体力を使います。

 先日、春先に植えた針葉樹苗が倒れてしまったので「木起こし」と呼んでいる作業を行いました。木起こしとは風や雪で倒れてしまった苗を立て直し支柱などで支えてあげることです。

おそらく春先の嵐で倒れてしまったのでしょう。3月初めに植えたスギの苗の半数ほどが傾いたり倒れていました。木起こしをしないと、木が枯れたり、斜めのまま育つなど不都合が生じるため、人力で立て直してあげるのです。

今年の新植地は傾斜が35度以上あり急峻なため、木起こし作業は困難をきわめました。その場で立っているだけでも一苦労なところ、苗を起こし、根を踏み固め、竹の支柱にしゅろ縄で固定していきました。

どうか無事に根付いて、元気に育ってほしいものです。


木起こし前の様子

一本一本起こしていきます

紐と支柱はやがて腐朽します

まだまだ先は長い


2025.4.25. T.N.

初心に返る

志賀島から福岡湾ごしにみる脊振山系


森林や山林は、普段目にする景観の一つです。
しかし、そこでの仕事は、人目に触れないので具体的にイメージするのは難しいでしょう。
最近は、ユーチューブ等で、お仕事動画を簡単に観ることができます。しかし、ヤマ仕事の動画のほとんどは伐倒・伐採といった派手なシーンに偏っているように感じます。

伐倒・伐採は林業のサイクルでは収穫にあたります。
林業では収穫までの養生期、つまり植栽から伐採までは50年以上の長期に亘ります。
そして、この間に行う管理作業が森林(ヤマ)の良し悪しを決めます。
一般にはあまり知られていないヤマでの仕事を二三紹介してみます。

1.植え付け

森林を伐採した跡地に新たに苗木を植える作業です。
平地の苗畑で育てた苗木(写真ではスギ)を山に上げて、現場で根切りをします。
そして、鍬で斜面を掘り、苗木を植えていきます。少しコツが要りますが、慣れてくれば一日で200本程度を植えることができます。 
造林(ぞうりん)ともいい、ここから新たに人工林を仕立てるわけです。 なお、作業時期としては晩秋~早春、厳寒期を避けて行います。

2.下刈り
雑草木に覆われた造林地
造林の初期段階では、植栽木よりも雑草、雑木類の成長が旺盛です。 そこで、植え付け当年から5年程度は雑草木の刈払い(草刈り)が欠かせません。
苗木の「下草を刈る」意味で、この作業を下刈り(したがり)と呼びます。 
一般的に夏期に行うため近年の酷暑下では、つねに熱中症の危険が伴い、それに加えてスズメバチの襲来もあり気が抜けません。
ヤマの仕事のなかでは、初心者・ベテランを問わずに一番過酷な作業です。
スズメバチの襲来も、と書きましたが、時にはノウサギが跳びだしてきたり、カブトムシが肩にとまっていたり、と厳しい作業の合間に気が和むこともあります。 

3.除伐
たくさんの雑木の生えた造林地
下刈り期間が終わった後の造林地では、雑草の心配はなくなります。 しかし、雑木は相変わらず植栽木と競うように成長します。
この雑木を伐る仕事が除伐(じょばつ)です。 植え付け後、10年前後で行うのが一般的です。
背丈を超える植栽木の間を伐り進む


除伐の終わった造林地です。実にすっきりしました。

かつては、下刈りには造林鎌(大型の鎌)、除伐では鉈と腰鋸を使用していました。
(私が若いころは、造林鎌を器用に扱うベテランの方をまだ見かけました)
現在は主として刈払い機と小型のチェーンソーが標準ツールとなっています。動力機械を用いて効率は上がりましたが、人力主体であることは今も変わりません。

ちなみに一連のヤマの仕事のことを「森林施業」(しんりんせぎょう)といいます。施業(せぎょう)とは他の業種にはない林業独特の言葉です。
林業では自然に委ねながらも、折に触れて森林に働きかけを行います。「業(わざ)を施(ほどこ)す」とは自然と融合した思想のように感じます。

福岡演習林では、近年は相対的に造林面積が小さくなっており、また、旧来の請負事業者が引退したため、技術の継承も兼ねて直営での管理作業が増えました。
造林地をつぶさに見て、手ずから作業すれば、その森林の未来形をイメージしやすくなります。外注中心の頃は、知らず知らずのうちにそれを忘れていました。
初心に立ち返り、ヤマと真摯に向き合うことの大切さを実感する今日この頃です。
(2025.1.22 D.O.)