里山林の行く末

 早くも2月半ばを過ぎましたが、今日は福岡演習林の里山林の調査区を紹介します。


 福岡演習林は福岡都市圏の外れに位置し、犬鳴山系の端っこにいくつかの団地を形成しています。山の方はスギやヒノキの人工林が多いですが、丘陵地の一部は落葉広葉樹を中心とする「里山林」が分布しています。(里地)里山とは、原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域とされています(環境省ウェブページより)。


 農村集落では古くから薪炭利用、落ち葉かき(肥料採取)、山菜等の採取など、生活を支える資源を得るため里山林に対して様々な働きかけを行っていました。こうした働きかけの結果、原生的な自然とは異なる、人間活動の影響化にある里山生態系が形成されてきました。


 しかし、1950~1960年ごろからエネルギー資源が薪炭から石油や電気にシフトし農村部の生活も大きく変化すると、人間による里山への働きかけが途絶え里山林は放置されるようになりました。本来、福岡県の低地の気候下では最終的にシイ、カシ類を中心とする常緑広葉樹林が成立することが知られていますが、管理されなくなった里山林では少しずつ常緑広葉樹が増加し、昔とは異なる生態系へと変化しています。


管理がされなくなって常緑広葉樹が増えつつある里山林


 福岡演習林事務所がある地区は田園地帯に近く、昔は里山林として利用されてきたと考えられています。2013年、この地区の一角で里山林の動態を観測するプロジェクトが始まりました。まず、約1haの里山林に10m×10mの大きさの調査区を30個設置し、樹木の毎木調査が行われ、2013年当時の地上のバイオマスが見積もられました。続いて、2014年初めにこの里山林は皆伐し幹や枝を全て林外に持ち出されたのでした。その後、継続的に再生する樹木の成長が計測されています。

 かつての里山林では経験的に20~30年ほどの周期で伐採が行われていましたが、こうした伐採周期が森林の再生に与える影響を調べるため、このプロジェクトでは調査区を3つに分けて実験を行うこととなっています。30個の調査区のうち10個は10年後に伐採、別の10個は20年後に伐採、残る10個は対照区として伐採せずに残すという計画で調査を進めています。


里山林の調査区の配置


 さて、2023年で調査区の設置から10年が経ちました。10個の調査区はここで皆伐の運命にあるわけですが、これまでの樹木の成長を記録するため全ての調査区で毎木調査が行われました。今回、調査区内の2m以上の高さで生存する全ての樹木を計測対象とした結果、30個の調査区で合計8200本余りの幹を計測しました。


 これだけの作業量は技術班だけでは手に負えないため、5月から10月末にかけて教員や学生の皆さんに協力してもらい少しずつ調査を進めました。夏の蒸し暑さにうんざりし、棘だらけのツルや樹木に痛い思いをしつつ、蚊やハチが飛び回る中ひたすら樹木の胸高周囲長を測りました。これにより10年間に再生した里山林の地上部バイオマスを見積もることができました。


学生や教員の皆さんに手伝ってもらいました

細い樹も1本1本測ります

調査区内はヤブが濃くて移動も大変です


 主要な樹種のバイオマスを比べるため、周囲長から計算した各樹種の胸高断面積を合計して円グラフに示しました。()内は全体に占める割合です。カラスザンショウ(16%)、アラカシ(15%)、ハゼノキ(10%)、アカメガシワ(9%)、オオアブラギリ(7%)、クスノキ(6%)、コナラ(6%)、クリ(6%)、クロキ(5%)、その他(20%)でした。

 多くの種が入り混じっていることが判りますが、特徴的なことはカラスザンショウ、ハゼノキ、アカメガシワといった日なたを好む樹種(陽樹)が多いということです。皆伐したことで地面が明るくなり陽樹が一斉に定着したのでしょう。陽樹は一般的に成長が早いですが、周りの樹木が成長すると日光を十分に得られずに枯死していくことが多いです。現に調査区ではボロボロになった陽樹の枯死木が多数見られました。

 

里山林の主要な樹種のバイオマス(胸高断面積合計の比)

 毎木調査が終わり、2024年1月から10個ある伐採予定の調査区の伐採を始めています。いずれの調査区も細い樹やツル植物でヤブになっているため、最初は刈払機で作業スペースを確保し、後から大きな樹を伐っていきました。そして、伐った幹や枝葉は残らず外に持ち出しました。たった10年の若い森とはいえ、人力で伐採作業をするとその物量に圧倒されます。また、隣接する調査区の樹々は傷つけてはいけないため、注意して伐採を進めています。


まずは刈払って作業スペースを確保

順番に大きな樹を伐っていきます

幹や枝葉を外に搬出しています

伐採前の様子(調査区24)

伐採後の様子(調査区24)


 今回、10年前に伐採したコナラ、クリ、アラカシなどブナ科の樹木は根株から数多くの萌芽枝を出して再生していました。萌芽枝とは一度幹が欠損した切り口から生え出た複数の枝を意味し、複数の幹を伸ばすように見えるさまを「株立ち」と呼んだりします。コナラやクリなどブナ科の樹木には伐採されても根株から萌芽枝を出して再生する性質があり、定期的に伐採が行われる里山林では株立ちの樹形を示す樹をよく見かけます。

 種子から成長をスタートする事に比べて、萌芽枝による再生は根株に十分な栄養があるため速やかに枝を展開することができます。これは周りの植物との日光をめぐる競争に有利に働きます。また、人間にとっては薪炭材として手頃な大きさの幹を量産してくれるという点でも有益です。


10年前の伐採で萌芽枝を出した樹の切株

 今回は伝統的な伐期20~30年よりもかなり短い10年目で伐採を実施しました。このような短い周期の伐採が森の再生に及ぼす影響を今後調べていきたいと考えています。試験区の中は依然として陽樹やツル植物が多い状態であり、皆伐は陽樹に有利に働くのかもしれません。また、せっかく萌芽枝で再生した株立ちの樹々は果たして再び復活するのでしょうか。経験的に行われていた里山の管理の裏に、科学的に興味深いことが隠れているかもしれませんね。


2024.2.21 TN

道半ば・2

 

相次ぐ主戦の離脱で敗退した前回から半年。昨年の9月中旬に仕切り直しの第二ラウンドを始めました。今回も重機を一カ月レンタルしましたが、先ずは梅雨時期の大雨で傷んだ既設道の修繕から手を付けます。そのため、設計区間180mのどこまで進むかは、それが終わらないと見当がつきません。

雨で荒れた路面の補修
狭隘部を拡幅する
果たして、既設道の修繕を終えて、本体工事に取り付いたのは月が変って10月となりました。半月足らずの期間では、始めのカーブ区間、約80mを目標とします。
とはいえ、このカーブは上り勾配のやや難所で、そう簡単にはいかない場所です。

掘削(くっさく)で生じる切土(きりど)
盛土(もりど)で路面を嵩上げする
一般的に林道の設計では、切土(きりど、地山を崩して出る土)と盛土(もりど、切土を路体の一部にする土)の量をなるべく等しくするのが良いとされます。
切土と盛土の横断模式図、切り取った土を盛って路体にする
こうすると、地山の切り取り(掘削)と伐採が少なくすみ、土砂崩れのリスクを下げられます。また、残土も少なくなるので残土処理のコストも抑えられます。
斜線部分が切取りエリア
切盛の収支ゼロが理想とはいえ、必ずしもそうとばかりはいきません。
今から設けるのは、いわゆるヘアピンカーブで、カーブのR(曲線半径)を確保するのに斜面に切り込んでいきます。
そのため切取り(掘削)の残土が生じるので、残土処理を解決しなくてはなりません。
矢印の場所を残土で埋める
幸いにこの現場では、始点(工事を始める最初の箇所)からすぐの谷を埋めて車廻しを設ける予定だったため、残土が捌ける見込みです。
残土を近くの場所で転用するのは効率的に施工するための工夫です。

V=60/Cm×q×E(m3/h)
この数式、土木設計・積算では馴染みの式です。おもに土工(掘削と残土運搬)に要する土量と時間の算出に使用する一般式です。
具体的には、上の写真のように、重機(バックホウ)で切り崩した土をダンプトラックに積んで、それを運搬して排土する工程を計算します。

今回使用するのは、コンマ3(バケット容量0.3㎥の意味)のバックホウに2tのダンプトラックの組み合わせ。
推定の土量は地山で約300㎥、これを崩すと嵩が増して360㎥の残土となります。上記の式で試算すると、360㎥の残土を捌くには60時間、1日実働6時間で10日間必要となります。
掘削のほかにも路盤の整地や盛土の転圧といった作業もあり、残り9日間では微妙なところです。

今回の主戦は私とMクン、それに4月から赴任したN班長も戦力として計算できます。若くガッツもあるMクンは「やる気十分です、ガンガンいきましょう!」と実に頼もしい。一方、インテリ派のN班長は「あ~、この日数で予定どおりいくのでしょうか」とさすが鋭い。対照的な二人ですが、不要なプレッシャーをかけるのは得策でないので、試算結果は黙っておくことにしました。
こうして残り9日間での勝負がスタートしました。
重機で斜面を崩し、ダンプで土を運ぶ単調なサイクルをひたすら繰り返します。多い日で50サイクルを超える日もあり、オペレーター、ドライバーともに頭はクラクラ、足はガクガクと疲労困憊です。
本体工事に取りかかってから4日目、10月5日の進捗です。
切り崩した土の壁を前に佇むMクン、彼はこの時「こ、これは終わらない…」と感じていたそうです。確かに無理っぽい感じはしますが、切土のピークを越したのを見切っていたので、メンバーを励ましながら土壁に挑み続けました。
10月11日、取りかかりから8日目にカーブ終点までの土工が終わりました。
20mの比高を設計通りにクリアしました。ここからはほぼ平らで、切り盛りゼロの区間となります。ストレスの少ない区間で、切土法面と路盤を整えながら進めるところまで進むことにします。
カーブ終点から約30m、全体のほぼ半分の土工が完了したところで、重機のレンタル期間が終わりました。
施工前
施工後
このカーブ区間は18%の上り勾配ですが、Rを大きくし、拡幅部もつけているのでダンプトラックでも安心して走行できます。(ただし、本格的な供用には砕石舗装が必要です)
自滅した第一ラウンドに対して、第二ラウンドでは何とか目標を達して1勝1敗に持ち込めたと思います。
どんな技術も使わないと失われます。そして、失われた技術は取り戻せません。工芸技術に就く知人は、こうした状況を「技術のブラックボックス」と呼んで憂慮しています。
この言葉、けだし名言です。分野が違えど、技術職場では共通する問題です。

前編でも書きましたが、福岡演習林での林道づくりは久しく行っていませんでした。その間に林道設計ができるのが私一人となっていたのも、この仕事を早く進めたい理由でした。たやすくはありませんが、技術の継承を始められたことにはひと安心しています。
道半ば。道づくりは息の長い取り組みです。この続きを後輩達が書いてくれるのを願っています。
(2024.1.11 D.O.) 
                         

道半ば


タイトルについて、比喩ではありません。本当にそのまま、言葉通りです。

林道は山林を管理するために必須のインフラです。福岡演習林では概ね路網が整っているため、ここ四半世紀以上、新たに林道をつくりませんでした。ただし、路網から外れた場所では森林の利用が進まない課題がありました。

福岡演習林第21~23林班は、そうした林道の未整備エリアの一つです。ここに新たに道をつける取り組みを始めています。

道をつくる手順としては、地図を眺めることから始まり、現地を踏査して、その後に正確な測量を行います。そして、測量結果から設計と積算を経て、機器材・資材を調達して実際の施工、となります。                                地味でオーソドックスな手法ですが、ソフト・ハード両面で相応のスキルが求められます。



今から9年前に予定地を測量して、基礎設計しました。
ただし、この時の設計には無理があり、大幅に見直す必要があったのですが、それを待たずに優れた施工スキルを持つ同僚が、そして私自身も異動となったため、計画が塩漬けとなりました。
簡易な作業道をつける(2021年11月)
一昨年に福岡に戻ってから、この仕事を早く手掛けたいと思っていました。幸いメンバーにも恵まれ、ほかの土木仕事をこなしながら施工への自信もついたので、満を持して再チャレンジとなりました。

ちなみに、所有森林内での話に限りますが、林道は一般的な公道に比べると規格の制約が小さく、比較的簡易につくれます。しかし、車両が安全に通行するにはキチンとした設計が必要です。昨年の秋に古い設計を刷新して、3月からいよいよ現場入りしました。
既設の林道の終点。突き当りの斜面の樹木を伐採することから工事開始です。
大木も多いので現地での打ち合わせにも力が入ります。

次々と立木を伐り倒し、丸太に刻んで、材をウインチで引き出します。
予定線形の約80m分に相当する区画での伐採と集材作業。ほぼ人力での工程でしたが、チームワークも良く、手際よく4日間で完了しました。
わがチームのエース、Mクン。
伐採後の感慨にふけっているのでしょうか、働くヒトの仕草って格好いいですね。
伐採前
伐採後
さて、樹木がなくなり地形がよく分かります。
この斜面に大きなカーブをつけながら高度をかせぐ線形を設計しています。
伐採が終わり、待望の重機(レンタル)がきました。
レンタル期間は1か月。既設道の補修をしつつ、本体工事箇所へ急ぎます。
3月の終わりにいよいよ本体工事に着手しました。
地山(じやま:自然地形のこと)を切り崩して道の形を削り出していきます。
この区間は多くの残土が出るのでダンプトラックとの共同作業です。

ここからが本番!やるぜ!!と意気込みましたが、好事魔多し。
この直後にMクンが、そして私もが相次いで新型コロナでダウンという事態に。
主戦を2人まで欠いた現場では重機が沈黙し、空しくレンタル期間が終わりました。
こうして、第一ラウンドは自滅ノックアウトで幕を閉じました。
そして、巻き返しを期す第二ラウンドは秋に持ち越しとなりました。
その結果はいかに...。続きはまた書きたいと思います。
 
    (2023.12.25 D.O.)                               

かすや資料館の紹介

 つい先日まで日中の気温が20℃を超える日もあり、「12月なのに暑いな」と文句を言いながら上着を脱ぎ捨て外仕事をしていましたが、今は若杉山の頂上に雪が降り積もるのを眺めながら、暖房の効いた事務所で当記事を書いています。

 今年も残すところ10日程となり、新年を気持ちよく迎えられるよう、福岡演習林の敷地内にある「かすや資料館」の大掃除を行いました。

かすや資料館

「かすや資料館」では、福岡演習林だけでなく、宮崎演習林や北海道演習林、戦前に日本各地や国外演習林で収集した資料を展示しています。

 現在、展示物のリストも大掃除中で、整理でき次第、当ホームページ上で一部リストを公開したいと思います。ひとまず、当記事では、「かすや資料館」で展示している資料を大まかに紹介します。 

錯葉標本
錯葉標本
 錯葉とは、植物の葉や枝を平らに押して乾燥させた標本のことです。
 
 3演習林(福岡、宮崎、北海道)と、かつて九大が所有していた国外演習林(樺太、北朝鮮)で採取した錯葉、全5,000点以上の中の一部を展示しています。

種子標本
 日本各地の種子を約200点展示しています。その多くが1920年代、今から約100年前に採取されたもので、1番古いもの(オオシラビソとナンキンハゼの2種)は1898年に採取されています。

材鑑標本
 写真の右側は、3演習林の主要な樹種を、木目を観察しやすいよう直方体に加工したものです。
 左側は、福岡演習林内の「里山林動態モニタリング試験地」を2014年に伐採した際に、採取した円板で、演習林の学生の研究で利用されました。

円板標本
 戦前に国内外から収集した幹の円板です。大きいものは人の背丈ほどのサイズがあり、この太さの木が立っている姿、そして、その木を切り倒す様子を想像すると圧倒されてしまいます。

剥製標本
 福岡演習林内に生息している動物たちの剥製です。手前の3頭はよく似ていますが、左から、アライグマ、アナグマ、タヌキです。この他にも、シカ、イノシシ、キツネ、テンの剥製を事務所玄関で展示しています。


 ここまで紹介した通り、「かすや資料館」は植物の標本が非常に充実しています。一方で、動物の標本は展示数も少なく、肩身の狭い思いをしているように感じました。
 そこで、今年の夏、ライトトラップ調査を実施し、昆虫の採取、標本作製に取り組みました。しかし、思ったように昆虫は集まらず・・・、動物標本勢の地位向上はまだまだ先になりそうです。

昆虫標本(作製中)
 写真の右側は、主にライトトラップで採取した甲虫をまとめています(Kさん作製)。中央の翅を広げたカブトの躍動感が目を引きます。
 左側は、蛾を展翅(翅を広げ、形を整えて乾燥)しているところです。

 来年こそは、完成した昆虫標本が「かすや資料館」に並びますように。

 それでは、皆様良いお年をお迎えください。

2023.12.21 murata